色覚異常という言葉に関するメモ

やや旧聞だけれども、

「優性」「劣性」遺伝、使いません 学会が用語改訂:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASK9673Y4K96UBQU01T.html

これについて、記事見出しの「優性」「劣性」遺伝を別の言い方にするのがこの記事の主な話題であるものの、個人的には色覚に関する言葉についても言及されているのが興味深かったので、ちょっと引用してみる。

誤解や偏見につながりかねなかったり、分かりにくかったりする用語を、日本遺伝学会が改訂した。用語集としてまとめ、今月中旬、一般向けに発売する。
(中略)
他にも、「バリエーション」の訳語の一つだった「変異」は「多様性」に。遺伝情報の多様性が一人一人違う特徴となるという基本的な考え方が伝わるようにする。色の見え方は人によって多様だという認識から「色覚異常」や「色盲」は「色覚多様性」とした。
学会長の小林武彦東京大教授は「改訂した用語の普及に努める。教科書の用語も変えてほしいと文部科学省に要望書も出す予定だ」と話す。用語集「遺伝単」(エヌ・ティー・エス)は税抜き2800円。

実際に出版される用語集を見てみないことには分からない面もあるけれども、WAICで翻訳しているWCAG 2.0 解説書(原題:Understanding WCAG 2.0)の更新に伴う見直し*1で「色覚異常」や「色盲」という語について多少調べたので、そのときの資料を貼ってみる。

文献*2によると、日本眼科学会が用語改訂に踏み切った経緯は次のようにある。

II,用語改訂までの経緯
従来から単なる「色盲」「色弱」という表現は眼科用語としては存在せず
(中略)
今回の用語改訂は、1999年4月に、色覚異常の当事者と家族とで構成される『色覚問題研究グループ・ぱすてる』から日野理事長宛に、眼科用語から「色盲」の削除を求める要望書が提出されたことに始まる。
(中略)
色覚異常の専門別研究会では、従来からの議論をふまえて、①既存の用語を別の意味に使用しない、②欧米の用語体系との対応を保つ、③日本語として正しくない用語は採用しないことが前提とされ、さらに『ぱすてる』からの要望にあるように④「異常」の表現もできるだけ避けることも申し合わせた。適切な用語体系の作成は難しく紆余曲折はあったが、検討を重ねた結果、長くこの研究会の中心的立場にあった深見嘉一郎の提案に沿う形の意見の一致を見て、用語委員会に答申した。
色盲」「色弱」を削除するだけでなく、「異常」も最小限に留めた結果、数字が並ぶ表記になっている。そのため第2色盲・第1色弱の場合は明らかであった価値評価が、2型2色覚・1型3色覚という診断名からは感じられない。
総称は議論の結果、色覚異常のままとなった。「異常」を残すことには、それぞれの立場や感性によっても異論があろうが、これ以外の適当な表現がなかったというのが実情である。マスコミなどで使用される「色覚障害」はハンディキャップの色合いが濃く、色覚異常の当事者団体には総じて不評である。彼らがそれぞれに用いている総称も、先の原則に照らすと適当ではない。

ということで、日本眼科学会が既に通った道であると言えるかと。報道を鵜呑みにするならば日本遺伝学会では「色盲」という言葉が未だに使われていたということであり、その意味では驚きである。しかし、ある同一の事象に対して、医学の分野で「色覚異常」という語が用いられる一方で、生物学の分野で「色覚多様性」という語が用いられるとしたら、これはちょっと混乱を招くのではないだろうか。
また、日本眼科学会の改訂前後の用語と英語の対比については、日本医学会 医学用語辞典 WEB版:整理された用語<色覚関連用語について>から一覧可能であるけれども、ここでは「color vision defect」に対して、「色覚異常」が対応していることになる。defectというのは欠陥とか欠点とかいう意味の英単語だけれども、字面だけ眺めると「異常」とするのはやや苦しいかもしれない。「多様性」とするとなおのこと苦しいように思える(繰り返しになるけれども、日本遺伝学会がどの英語に「色覚多様性」を当てはめるのかというのは推測の域を出ない)。引用で言うところの「欧米の用語体系との対応を保」っているのかも気になるところではあるなと。


追記: Amazonによれば、遺伝単―遺伝学用語集 対訳付き (生物の科学 遺伝 別冊No.22)とあるので、対応する英単語が分かるだろう。どうやら大きな書店には置いていそう。

追記: ざっくり本屋で立ち読みしてきたところ、「color blindness/色覚異常色盲」というのを「color vision variation/色覚多様性」にすることを提案するという主旨であった。私が以前に調べた範囲ではそもそも日本で発行されている医学辞典に、色覚異常に対する語としてcolor blindnessという単語が記載されていないあたり、前提条件からしてやや疑義のある記述になっていると感じた。

*1:いまwaic.jpで公開しているものは2016年3月付けの文書だけれども、W3Cの原文は2016年10月付けの文書であるので、原文に合わせるという意味での更新。なお、WAIC内部のレビュー中なので、何事もなければ月内に更新版がお披露目される見通し。レビュー中の更新候補はhttps://waic.github.io/wcag20/Understanding/Overview.htmlから閲覧可能。

*2:岡島修. 特集 色覚 色覚異常の用語解説. 眼科. 2008, vol. 50, no. 1, p. 41-44.

謎のCSS総称フォントファミリーfangsongについて

日本語向けフォントスタックの現状 - yuhei blog
http://yuheiy.hatenablog.com/entry/2017/09/04/210650

上記ブログエントリーで、へーcss-fonts-4でsystem-uiなんて増えたんだ、ぐらいに意識が低いですが、

CSS Fonts Module Level 4 FPWD 2017-07-11 2.1.1. Generic font families
https://www.w3.org/TR/2017/WD-css-fonts-4-20170711/#generic-font-families

なんかボケッと眺めていると、上述のsystem-uiのほかに、emojimathといった(地味に何かに使えそうな)ものが加わっている。そして最後に、fangsongという総称フォントファミリーが記述されている。仕様にある説明としては、

This font family is used for fang song typefaces in Chinese.

とだけ単にあって、これだけだとさすがに何のことかさっぱり…ということでほんのちょっと調べてみたところ、どうやら日本語で言うところの仿宋体(ほうそうたい)のことらしい。

宋朝体 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%8B%E6%9C%9D%E4%BD%93
Fundamentals of Chinese Typography #1 Fonts Styles (Songti, Fangsongti, Mingti, Heiti, Kaiti) | hi i'm jiro.
https://jiromaiya.wordpress.com/2013/01/04/fundamentals-of-chinese-typography-1-fonts-styles-typefaces-songti-fangsongti-mingti-heiti-kaiti/

もう画像を貼ったりするのも面倒なので、上記のhi i'm jiro.のエントリーを眺めてもらえばなんとなく分かると思うけども(MacOSXならSTFangsongを表示させてみればいいと思われる)、大雑把に言うと、我々の知っている明朝体の横幅を狭めた感じのもの、ということらしい。いやそれserifでいいんじゃないの、というのが今のところの感想(これが言いたかっただけ、ともいう)。

ただまあもう少し調べてみると、W3C i18nWiki

Chinese font families
https://www.w3.org/International/wiki/Chinese_font_families

みたいな記事があって、どうも中国語からするとあんまり総称フォントファミリーと実際のフォントとの対応が取れてないよねえ、みたいな流れがあるらしい。

いずれにせよ、fangsongだけぽつんとあるのはどうにも解せないというか、Chineseコミュニティーの中でもこれコンセンサス取れてるのどうなのとか思ってたりするけど、さすがにChinese IGまで覗きに行って議論を追いかけるのが面倒になった。興味のある人は、

Re【W3C问题讨论】CSS中文字体问题
https://lists.w3.org/Archives/Public/public-html-ig-zh/2014Oct/0009.html

あたりを適当に辿っていけばいいと思われる。

まあ、fangsongが認められるなら、日本語フォントでもあれやこれやという総称フォントファミリー名が登録出来るような気もしなくもないけど、どうなんでしょ(投げっぱなし)。