Webアプリケーションアクセシビリティ発刊によせて

拙著HTML解体新書でレビューいただいた@sukoyakarizumuから声かけをいただいて、Webアプリケーションアクセシビリティ──今日から始める現場からの改善 WEB+DB PRESS plusにレビュワーとして参加していました。すでに発売中で、なんでもすでに増刷がかかっているようです。よいことですね。

見本誌をご恵贈いただいていたので、発売前になにがしかブログ記事を書くのがいいよねと思いつつも、やっぱり最後まで読み通してからかな…とか思っていたら、結局最後まで目を通せずに今日まで来てしまいました。

ひととおり読むことが今日までできていない理由は、576ページという本書のボリュームにあります。このページ数でも著者陣が書きたかったものが全部収め切れなかったということで、紙面からこぼれ落ちたものがアクセシビリティを組織で向上させる──社内外の認知・効果測定から、新規開発への組み込みまで 記事一覧 | gihyo.jpに掲載されています。この連載で本書の「テンション」を掴むことができるかもしれません。

そういうわけで通読できていないという状況ではあるのですが、せっかくなのでブログ記事としてしたためておくことにします。

さて、この書籍はどういう内容なのか?については、「はじめに」の「本書の構成」で

本書の構成は、筆者たちがそれぞれの事業会社で経験した、Webアプリケーションのアクセシビリティを高めるための歩みをたどっています。

とあるのがある種すべて、といえます。著者陣の活動を追体験できるともいえるでしょう。1.3節や1.5節で高齢者や障害者の統計データが見られるのは、@magi1125アクセシビリティによるビジネス貢献を模索していた*1中でかき集めたものなのかもしれません。7章でもアクセシビリティを組織に根付かせるために著者陣がこれまでやってきた試行錯誤が見て取れます。

また「本書の対象読者」では、

本書の主な対象読者は、アクセシビリティに興味のあるデザイナーやエンジニア、特にWebアプリケーションを開発している方です。

とあります。2章ではマシンリーダブルな実装はどういうものなのか、3章から5章にかけては、具体的なウェブサイト・アプリケーションのモジュールに対してどう実装していくのがよいのかがびっしり書かれています。

これは裏を返せば、アクセシビリティをWCAGの達成基準に当てはめてチェックするというロールについては、メインのターゲットにはならないことになります。つまり、これを読めばWCAGの達成基準について、直接的に理解が深まるわけではありません。しかし、本書はタイトルどおり、アプリケーションのアクセシビリティを高めるためのさまざまなエッセンスやチップスがこれでもかというくらいに詰め込んでいる書籍に仕上がっています。いうなれば、WCAG 2.1達成方法集ARIA Authoring Practices Guideを通して、アクセシビリティを身につけていくようなイメージといえるでしょう。

さて、いくら実装を頑張ったところで、もともとのデザインがポンコツ(?)だったならば、どう頑張ってもアクセシブルにはできません。ではどのように画面を設計をすればよいのか?それに対して8章が詳しく説明してくれています。筆者はこの方面に明るくないのですが、下流工程としての実装を強く意識しつつ、実装から見て上流となるUIデザインとウェブアクセシビリティを直接的に結び付ける章だと思っており、こういった観点での説明というのはほかではなかなか見られないのではないでしょうか。ここからさらに情報アーキテクチャ(IA)にさかのぼっていくこともできるのかもしれません。

付録では支援技術についてまとめられています。これだけの横断的に集められた資料もあまりないのかなと思います。とはいえ本書で、

多種多様なデバイスやソフトウェアがありますが、どれも最終的にはポインティングデバイスによる入力、あるいはキーボードによる入力に変換されて処理されます。

とあるように、大雑把に言ってしまえばマウスやキーボードのエミュレーションにしか過ぎません。一般に公開されたリソースでは、特定の障害特性を考えてウェブサイト・アプリケーションを作っているわけではないと思っています。支援技術を使っているユーザーを目の当たりにすることは、強烈な印象を与え、アクセシビリティを強く意識させてくれますが、その支援技術のユーザーのためだけにサイトやアプリケーションが存在しているわけではないでしょう。特定の支援技術の利用シーンに引っ張られすぎて、マウスをポチポチとクリックしてサイトやアプリケーションを使っている、支援技術を特段必要としないある種の典型的なユーザーのことを忘れないようにしたいところです。

ところで話は跳躍しますが、それではバーチャルリアリティVR)、たとえば映画『マトリックス』や『レディ・プレイヤー1』、あるいは小説・アニメ『ソードアート・オンライン』の世界がやってきたらアクセシビリティはどうなるのでしょうか?それに対して直接の回答にはなりませんが、XR Accessibility User RequirementsというW3Cの文書がまとまっていています。当然ではありますが、本書はそのような状況を扱っていません。

たとえ未知のデバイスが将来普及したとしても、ウェブアクセシビリティの考え方が根底から覆されることはないはずです。WCAG 2.0が2008年に勧告されてから15年経ちますが、勧告に向けて策定作業が進められているWCAG 2.2は、WCAG 2.1と同様に依然としてWCAG 2.0をコアにして拡張したものです。

WCAG2を発展させるWCAG 3.0というような話もありますが、少なくとも、向こう3年で何かが固まることはありません*2。仕様としてはWCAG2に当面は付き合う必要があるわけですが、もしかしたらWCAG3で検討されたものが部分的にWCAG2にフィードバックされることがあるかもしれません。たとえばスコアリングシステムが降ってくれば、0か1かの世界から解放されるわけです。というか早く来て(?)

話がそれてしまいましたが、まとめましょう。著者陣(@magi1125@sukoyakarizumu@masup9@ymrl)のファンである、ウェブアクセシビリティに興味があって、最低限のことは知っているけれどももっと実装に関する情報が欲しい、UI設計とウェブアクセシビリティの結びつきを知りたい・深掘りしたい、所属組織にウェブアクセシビリティを根付かせるためのヒントが欲しい、というような人に本書が応えてくれることと思います。気になる方は、書店で一度手に取ってみてはいかがでしょうか。

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