メモ:WCAG 2.1 (2023)では、達成基準4.1.1は常に満たされていると扱うべきという話

ソースは2023年9月21日付けで更新されたWCAG 2.1。観測の埒外からの更新はちょっと…。
https://www.w3.org/TR/2023/REC-WCAG21-20230921/#parsing

Updated W3C Recommendation: Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.1 | 2023 | News | W3C

以下、達成基準4.1.1で変更された注記の仮訳。

NOTE
This Success Criterion should be considered as always satisfied for any content using HTML or XML.

注記
この達成基準は、HTMLまたはXMLを使用するすべてのコンテンツについて常に満たされているとみなされるべきです。

NOTE
Since this criterion was written, the HTML Living Standard has adopted specific requirements governing how user agents must handle incomplete tags, incorrect element nesting, duplicate attributes, and non-unique IDs. [HTML]

Although the HTML Standard treats some of these cases as non-conforming for authors, it is considered to "allow these features" for the purposes of this Success Criterion because the specification requires that user agents support handling these cases consistently. In practice, this criterion no longer provides any benefit to people with disabilities in itself.

Issues such as missing roles due to inappropriately nested elements or incorrect states or names due to a duplicate ID are covered by different Success Criteria and should be reported under those criteria rather than as issues with 4.1.1.

注記
この基準が作成されて以来、HTML Living Standardは、ユーザーエージェントが不完全なタグ、不正な要素のネスト、重複した属性、および一意でないIDをどのように処理しなければならないかを規定する明確な要件を採用しました。[HTML]

HTML Standardはまた、これらのケースの一部を著者に対して不適合として扱いますが、仕様ではユーザーエージェントがこれらのケースの一貫した処理をサポートすることを要求しているため、この達成基準の目的では「これらの機能を許可する」と見なされます。実際には、この基準自体は、もはや障害のある人々に何の利益ももたらしません。

不適切にネストされた要素による役割の欠落、IDの重複による不正な状態や名前などの問題は、別々の達成基準で扱われており、4.1.1の問題としてではなく、それらの基準に基づいて報告されるべきです。

アクセシビリティとユーザビリティという言葉はインターネットに普及にあわせて使われるようになった?

細かいところ目を瞑れば、これからアクセシビリティに取り組むにあたってのとっかかりとして、ほどよいリソースだと思っているデジタル庁のウェブアクセシビリティ導入ガイドブックですが*1、いろいろあってちょっと読み返してみました。

大なり小なり引っかかる点はいくつもあるのはまあ置いておいて、その引っかかった箇所のうちの一つがこの記事のタイトルです。ガイドブックにはこうあります。

アクセシビリティとユーザビリティ 「アクセシビリティ」と「ユーザビリティ」はどちらも外来語ですし、インターネットの普及にあわせて使わ れるようになった歴史の浅い言葉です。

本当にそうなの?という疑問が出てきます。ということで、Google Books Ngram Viewerでざっくり調べてみました。ちなみに、Ngram Viewerというのはカレントアウェアネス E2533いわく、

一般に“ngram viewer”と言った場合,書籍の全文テキストデータを利用して,特定の単語やフレーズの頻度を出版年代に沿って可視化できるサービスを指し,2010年に公開された“Google Books Ngram Viewer”がその端緒である。

ということだそうで、今回の目的にぴったりと言えそうです。accessibilityとusabilityで調べてみた結果が以下です(元グラフ)。

accessibilityとusabilityの1900年から2019年までの出現頻度のグラフ。accessibilityの出現頻度はusabilityを常に上回っている。出現頻度としては、accessibility:1900年が約0.0001%、2019年が約0.00045%。accessibility:1990年が約0%、2019年が約0.0002%。頻度の傾向としてはいずれも増加傾向だが、グラフの変化として、accessibilityは1970年ごろに傾きが増加し、1977年頃に極大となり、その後減少、1985年頃に極小となり増加、2005年頃に極大、その後減少し、2019年に至る。usabilityは1970年頃に傾きがやや増加、1990年頃にはさらに傾きが増加、2000年頃にさらに傾き増加し、2005年頃に極大となる。その後ほぼ横ばいで2019年に至る。

面白いことに、常にaccessibilityがusabilityよりも値として上回っており、2倍ほど違うのは意外な感じを受けました。

さておき、グラフでは単語accessibilityもusabilityも増加傾向にあるわけですが、インターネットの普及という意味でマイルストーンになるだろう、Windows 95が発売された1995年に注目してみます。accessibilityに関しては、収録データで最新の2019年と1995年とでパーセンテージでほぼ同じと言えますし、usabilityについては1995年のパーセンテージは、2019年の半分程度となっています。

World Wide Webが誕生した*2とされる1989年を基点とするなら、usabilityはインターネットもといウェブの普及にあわせて増えていったということがまだできそうですが、accessibilityは極大を示している1978年と同程度であり、これは2019年と大きな違いはありません。このグラフを信じるならば、ちょっとデジタル庁の説明は怪しいのではないでしょうか。

でもこれは英語の話でしょう?と言われるとつらいものがあるわけですが、日本語を収録している、国会図書館が公開しているNDL Ngram Viewerは、

図書については刊行年代が1960年代まで、雑誌については刊行年代が1990年代までの資料を主に対象

としているので最近のデータが取れません。あまり深く考えずに「アクセシビリティ」と「ユーザビリティ」でグラフを打ち出しても、下記のように2000年でガクンと値が落ちます(元グラフ)。これは雑誌データが2000年までしかないためと思われ、有意な結果とは言えないでしょう。ここでもアクセシビリティのほうがほとんどの年で上回っているのは意外だという感想はあるのですが。

アクセシビリティとユーザビリティの1945年から2023年までの出現頻度のグラフ。アクセシビリティは1949年に1、2000年が最大で616、2013年に1。ユーザビリティは1970年に3、2000年が最大で413、2010年に17。アクセシビリティは頻繁に極大・極小を繰り返して2000年に最大になっている。ユーザビリティは1994年から2000年までに鋭い傾きを見せているが、それ以外の年はほぼ0付近で横ばいになっている。

では2000年までのデータでなにか面白いものが出せないか?ということで、「アクセシビリティ」と「ユーザビリティ」に、「バリアフリー」を加えて打ち出したのが次のグラフです(元グラフ)。

バリアフリーとアクセシビリティ、ユーザビリティの1945年から2000年までの出現頻度のグラフ。バリアフリーは2000年に約14000と全部の系列で最大となっている。1994年で1500であり、ほぼ傾きが同じペースで2000年に至っている。アクセシビリティとユーザビリティがそれぞれ最大1000未満のため、どの年でも見た目はほぼ0付近でプロットされているのと対照的になっている。

バリアフリー」の出現頻度は1994年で1500,2000年で約14000と急速な伸びを示しているのに対して、「アクセシビリティ」は1994年で289、2000年で616、「ユーザビリティ」は1994年で23、2000年で413となっており、10倍以上の差が付けられています。このグラフを信じるなら、2000年時点ではアクセシビリティユーザビリティもどんぐりの背比べであり、バリアフリーのほうが圧倒的な存在感を示していることになります。

ところで、WAICの「障害者基本計画(第5次)案に関する意見募集について」へのパブリックコメントで言及されているように、「バリアフリー」と「アクセシビリティ」で法律上の言葉の混用が見られるわけですが、一方で導入ガイドブックでは「バリアフリー」という語は一切出てきません。「ガイドブックの目的」では、

ガイドブックの目的 本ガイドブックは、ウェブアクセシビリティに初めて取り組もうとしている行政官の方や事業者向けに、ウェブアクセシビリティの考え方や概要、取り組み方のポイントを解説するための資料です。何にどう取り組めばいいのか、どうやって調達に組み込めばいいのか、委託事業者との円滑なコミュニケーション、意思決定のポイントがわかるようになることを目的としています。

とあって、まあそういう目的のリソースじゃないといえばそうなんでしょうが、言葉の頻度という話を持ち出すのならば、「バリアフリー」を引き合いに出しつつ、「アクセシビリティ」との言葉の関係性についてガイドブック中で触れられてもよいのではないかと思ったりもします。

話がそれてしまいましたが、そもそもこのガイドブックは、

利用と配布 本ガイドブックは、内容の正確性や網羅性について保証することができません。本ガイドブックの内容について、デジタル庁以外の組織の方へのサポートも行うことができません。予めご了承ください。

とあって、いってしまえば「信じてくれるな」ということになります。ただ、だからといって、わかりやすさのために怪しげな説明を混ぜ込んでもいいというものでもないでしょう。

ちなみに冒頭でリンクしているHTMLのページ「位置付けとロードマップ」では、

2023年度中を目処に、デジタル社会推進標準ガイドラインへの編入を目指しています。

とあり、この状態でそのままガイドライン編入となると、それは話がまた別ですよね…というお話でした。

*1:この記事を書いている時点で2023年5月12日版が最新なので、このバージョンの話をします

*2:関連:WWW誕生から30周年 Googleもロゴで祝福