いわく、ハザードマップにウェブアクセシビリティな問題があるとのことだけれども。

やや旧聞ですが、情報アクセシビリティ対応を公共調達で義務化すべき – アゴラという記事を読んで引っかかったものがあったので、ちょっと調べてみましたという話。

対応を義務化する理由は、強制しなければ無視する公共機関が出るためだ。総務省は公共ウェブサイトのJIS準拠を求めたが、視覚を用いないと情報が取得できないハザードマップ地方公共団体サイトに数多く残存する等、課題が山積している。任意に準拠を求めるのには限界があり、状況打破には強制規定が必要である。実際、米国のリハビリテーション法には、苦情申し立てとそれに続く民事訴訟が規定されている。

いろいろとは引っかかるものの中から、ひとつの率直な感想として、「視覚を用いないと情報が取得できないハザードマップ地方公共団体サイトに数多く残存する」というのが、どういう状況を指すのかがよくわかりませんでした。総務省|ICTアクセシビリティ確保部会(第3回)|ICTアクセシビリティ確保部会(第3回)*1に山田構成員 提出資料としてPDFを閲覧できますが、ここではアゴラに書かれていること以上のこと(技術的なこと)はやはりわからないままです(議事録もまだ上がってきていませんしね)。漠然とPDFが画像なことを言いたいのかなあと思いながら、ちょっと探してみると、「スマートインクルージョン」も悪くないが「安全」が先 – アゴラという記事で、

たとえば、地方公共団体が提供しているハザードマップの大半は画像PDFであって視覚障害者に情報は伝わらない。

とまあ、どうやら私の推測が当たっているみたいです。(それはそれとしてウェブ制作的観点からはPDFってつらいですよね)

もうちょっと探してみると、国土交通省ハザードマップポータルサイトから水害ハザードマップ作成の手引きというページがあります。キーワード検索しかしていないのですが、そこには、言葉として「多言語対応」とか「ユニバーサルデザイン」とかはあっても、「アクセシビリティ」という単語が見当たりません。根本の問題はそういうとこなんじゃないんですかね……?

4.2 周知方法
水害ハザードマップの周知方法は、当該市町村の住民等への印刷物の配布だけでなく、スマートフォンなどでも閲覧できるようにインターネットによる公表など、幅広く周知することが必要である。また、防災掲示板等での掲示、各種施設等への表示、マスメディアを通じた広報、ハザードマップの内容や見方に関する説明会の開催等の方法も組み合わせ、定期的に周知することも必要である。なお、印刷物の配布を行う際には、作成時、更新時、さらには住民の転入時に全戸配布することが望ましい。
(中略)
2) インターネットによる公表
近年、パソコンやスマートフォン等を利用して、インターネットで情報収集することが日常的に行われている。このため、インターネットによる水害ハザードマップの公表は、住民等への周知方法として効果的である。さらに、スマートフォン等の GPS 機能を利用して、ウェブサービスの利用者にハザードマップ上での現在位置を知らせる取組も進めている市町村もある。
印刷物による配布は、近年の市町村の財政状況に鑑みると非常に負担が大きく、住民以外の通勤者や旅行者への配布は困難であるため、近年の急速な PC やスマートフォンの普及を活かし、インターネットによる公表を基本として進めていくことが必要である。

引用は前述の手引きからですが、この部分を私なりに解釈するならば、作成の手引きはハザードマップを紙で見せることがまず念頭にあるのかなと。紙とウェブ媒体の違いを国交省がこの手引きで説明できていない以上、各地方自治体がアクセシブルなPDF版ハザードマップの作成にたどり着けないのはある種の必然ではないでしょうか。いくらみんなの公共サイト運用ガイドライン(2016年版)にPDF作成に関して書いてあるとは言っても、ハザードマップの担当者がウェブサイトの担当者とは限らないわけですから、そこに思い至れというのは少し酷ではないかなと感じた次第です(厳しい見方をすれば、情報アクセシビリティ対応の意識が希薄という言い方もできるでしょうけども……)。

とりあえずの結論としては、法で義務化というのも手としてあることは認めますが、その一方で、アクセシビリティ対応の底上げを政府等で(もちろん民間でも必要ですが)継続的に図っていくことがむしろ肝要ではないかと。個人的には自主的な取り組みによってアクセシビリティが継続的に向上していくようなシナリオのほうが好きだったりするのですけれども、そういった観点も含めて、件の部会には知恵を絞って頂きたいなと思った次第です。

*1:第1回資料に目を通すと、構成員にWAIC委員長がおるやんけ(ご苦労様であります)

英語の点字についてほんの少し調べた話

まえがき

WCAG 2.0解説書に、(このブログエントリーの執筆時点で)次のような点字に関する記述がある。

点訳ソフトウェアは、例えば、アクセント文字を制御文字に置き換えたり、2 級点字の縮字の作成を防ぐために必要な制御文字を挿入するなど、言語の変化に従うことができるようになる。

達成基準 3.1.2 を理解する | WCAG 2.0解説書

ちなみに原文はこんな感じ。

It allows braille translation software to follow changes in language, e.g., substitute control codes for accented characters, and insert control codes necessary to prevent erroneous creation of Grade 2 braille contractions.

Understanding Success Criterion 3.1.2 | Understanding WCAG 2.0

そもそも2級点字って何なんだ?Grade 2 brailleという語に対して2級点字という訳でよいのか?というのが事の発端。

ウェブリソースの調査

英語の点字 - Wikipedia

英語点字は、次の3つのレベルに分けられる。

  • グレード1 - 点字初学者が用いるもので、26のアルファベットと記号からなる。
  • グレード2 - グレード1に省略形が加わったもの。公共に使われる点字
  • グレード3 - 個人的に使われるもの。すべての単語が数文字に圧縮されている。
英語の点字 - Wikipedia

つまるところ、Wikipediaの説明をかみ砕くと、英語において、基本的には1つの点字に1つのアルファベットが対応するのだけれども(グレード1)、頻出の単語などについては1つの省略形の点字を当ててしまおう、というものがグレード2ということになる。
しかしながら、Wilipediaだけで翻訳を見直すのはあまりにも総計だろう、ということでもう少し調べてみたところ、障害保健福祉研究情報システム(DINF)- 障害者の保健と福祉に関わる研究を支援するための情報サイト日本における英語点字の表記についてというページを見つけた。2015年9月付けで日本点字委員会によるものである。たとえば、次のような記述がある。

(1)アルファベット(a~z)と数字(1~0)は、従来どおり[1]~[1356]、[3456] [1]~[3456] [245]を使用する。一般日本語文章中はグレード1(フルスペル)のみとし、グレード2は用いない。

と、グレード1やグレード2というような書き方がされている。解説書の訳注としては、WikipediaとDINFとで十分だろう。

(後述の書籍の調査結果を受けて、)参考までに、Google検索による件数も記しておく。

とはいえ、あくまでウェブで調べた結果であり、書籍も当たってみるのが適当だろう。

書籍の調査

筆者の中では毎度おなじみの国立国会図書館関西館だけでなく、地元および地元と隣接する公立図書館(3館)、ショッピングセンター内にある書店(少なくとも3店舗)で点字に関する書籍を当たってみた。

上の写真はある書店の点字本コーナーの様子である。点字本は写真右端に僅かばかりであり、写真に写っている大部分が手話に関する本である。このように点字に関する本はあまり多くない。そのなかで、英語の点字に関する記述は次のようになっていた。

1) 福井哲也. 初歩から学ぶ英語点訳 3訂版. 日本点字図書館, 2003, 192p.
「第2種点字
2) 小林雅子, 石井薫. 英語点訳ガイド : textbook written by Braille transcribers 改訂版2015. 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター障害者支援研究部, 2015, 271p.
「2級点字」ただし、別のページには「グレード1モード」という記述もある。
3) 全国視覚障害者情報提供施設協会 編. 点訳のてびき 第3版. 全国視覚障害者情報提供施設協会, 2002, 182p.
「Grade II」
4) 本間 一夫, 岩橋 明子, 田中 農夫男 編. 点字と朗読を学ぼう. 福村出版, 1991, 260p.
「二級」
5) 遠藤謙一. 初心者のための点字点訳完全マスター. 新企画社, 1999, 494p.
「第一種(グレード1)」

このように、調査した範囲では「第~種」、「~級」、「グレード~」などと表記が揺れている。

当事者に対する調査

点字に関して時代工房の柴田さんと話をする機会があったが、柴田さんの取り計らいにより、日本ライトハウスおよび京都ライトハウスへの質問と、点字利用者に対するアンケート(n=2)をメールで行う機会を得た(この場を借りて、柴田さんにはお礼申し上げたい)。

メールにより、日本ライトハウスの職員の方からは、Grade2については「2級点字」としている旨の回答を頂いた。点字利用者はいずれも2級点字と呼び、カナ表記でグレード2と記述することに対しては、1人の方は違和感を感じ、もう1人の方は違和感を感じないという回答を頂いた。点訳者および点字利用者では、2級点字という呼び方が優勢のようである。

まとめ

今回調べた範囲では、Grade 2という用語に対し、

  • ウェブでは「グレード2」とするのが優勢に見える。
  • 書籍では「第2種点字」、「2級点字」、「グレード2」というように表記がまちまちである。
  • 当事者では「2級点字」とするのが優勢となっている。

当事者の声を尊重し、WCAG 2.0解説書の訳語は「2級点字」のママとしたい。その一方で、解説書の読者が点字に明るいわけではないため、訳注でWikipediaとDINFのリソースを参照する。これらリソースでは「グレード2」という表記がされているため、「グレード2」とも呼ばれていることをあわせて訳注に記述する。

雑感

筆者は点字にあまり馴染みがないが、こうして調べてみると点字に関する情報がここまで少ないものなんだな、と。写真でわかるように、点字に関する書籍は手話のものと比較すると非常に少ない。その一方で国会図書館で手に取った雑誌を少し読んだところ、広瀬浩二郎先生がいくつか点字に関する本を書かれていることを知り、書店で探してみたものの、店頭で見ることはほとんどなかった。
ところで、PCやスマホをウェブに見ることに限って言えば、ハードウェアとして触覚デバイスを用意するよりも、ソフトウェアとしてスクリーンリーダーを用意する方が敷居が低いことは言うまでもないだろう(スマホは言うに及ばず、ノートPCであってもスピーカーは内蔵される)。ある人からは、目の見える人で、触覚として点字を解する人はほぼいないという話も小耳に挟んだ(視覚として解する人はいる)。点字について筆者自身で振り返ってみると、確かに街中で点字を見かけることもあるものの、こうして改めて点字について調べてももう一つ筆者の実感がわかず(とは言っても今回調べたのは日本語の点字ではなく英語の点字の、それも特定の用語について調べただけなこともあって)、筆者のなかでは依然として点字との距離が縮まっていないように感じている。