ウェブコンテンツアクセシビリティガイドライン(WCAG)は何が難しいのか、あるいは難しさに立ち向かう方法

LINEヤフーにおけるこれからのアクセシビリティというスライドで「WCAGはハードルが高い」という文言を見かけました。どうしてハードルが高い、言いかえるならば難しいとされるのか、その難しさはどこから来るのかをちょっと深掘りしてみようと思います。

WCAGという言葉について、改めて見ておきましょう。WCAGはもっぱら、Web Content Accessibility Guidelines(ウェブコンテンツアクセシビリティガイドライン)というW3Cの発行する技術文書を指すわけですけども、現時点でよく参照されるのがウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)が公開している日本語訳のWCAG 2.1でしょう。ちなみに本家のW3Cは、WAICが現時点で公開しているWCAG 2.1の改訂版を今年9月に公開し、さらにバージョンの進んだWCAG 2.2を先月に発行したばかりだったりします。

WCAG 2.1だったり2.2だったり、あるいはWCAG 2.0というような2系列のものをひっくるめて、WCAG 2と呼ぶことがあります*1。そのWCAG 2とは別に、WCAG 3.0*2というガイドラインW3Cは開発しようとしています*3

このWCAG 3.0の開発にあたって、Silver Task Force*4は、2017年から2018年にわたりWCAG 2にどのような問題があるのかの研究・調査を行いました*5。その調査結果のサマリーがGoogleスライドにまとめられています。

そのスライドの6枚目では、ユーザビリティの問題点として、

1. Too Difficult to Read
2. Difficult to get started
3. Ambiguity in interpreting the success criteria
4. Persuading Others to use WCAG

という4つのポイントを挙げています。最初に挙げられているのが「難しすぎて読めない」というものです。どういうことなのかは続きで記載されています。

Undefined acronyms, specialized terms, pseudo-legalese, and complex sentence structure decrease user’s comprehension, especially for people in the development cycle who are less technical (project managers, designers, social media marketing leads), regulators, and international users who need translations.

Google翻訳をあわせて載せておきます:

未定義の頭字語、専門用語、擬似法律用語、および複雑な文構造は、特に技術的に詳しくない開発サイクルの人々 (プロジェクト マネージャー、デザイナー、ソーシャル メディア マーケティング リーダー)、規制当局、および翻訳を必要とする国際ユーザーにとって、ユーザーの理解力を低下させます。

WCAG 2の文章自体が難解だ、ということですね。ウェブアクセシビリティに関連する前提知識だけでなく、技術文書であることも手伝って、HTMLやCSSなどの実装寄りの前提知識も、暗黙のうちに要求されるような記述になっています。文章中の文の構造も複雑で、これに引きずられるように、WAICが公開している日本語訳も難しく、ときには正確に日本語に翻訳できていない箇所もあります。

2つ目の「始めるのが難しい」を見ていきましょう。

WCAG is so complex in structure and content with documents, layers and resources that it is overwhelming to people who want to use it as a reference. Among other issues, it also difficult to search for – across multiple documents, and search within. This can be intimidating for people new to the topic who are genuinely interested in and / or tasked with supporting accessibility.

Google翻訳

WCAGは、ドキュメント、レイヤー、リソースを含む構造とコンテンツが非常に複雑なので、リファレンスとして使用したい人にとっては圧倒されます。とりわけ、複数のドキュメントにまたがって検索したり、ドキュメント内を検索したりすることは困難です。これは、アクセシビリティに真に興味がある、またはアクセシビリティをサポートする任務を負っている、このトピックに初めて携わる人々にとっては威圧的なものになる可能性があります。

WCAG 2は、文章の構成がWCAG 2独特のレイヤーを形成しており、さらにWCAG 2の構成自体が、WCAG 2の関連文書とセットで読まないと読み解けないようになっています。これからウェブアクセシビリティに取り組んでいく人にとっては、ハードモードを通り越したナイトメアモードな難易度になっているといえます。つまり、最初にWCAG 2を読んではいけません。事前準備をしたり、ウェブアクセシビリティの専門家のサポートを得られるようにしたりした上で、WCAG 2を読むのがおすすめです。

3つ目の「達成基準の解釈が曖昧である」について、

There isn’t a clear distinction on what is the “right answer”. Even accessibility experts disagree. As the technology and contexts that can make requests and output web content continues to expand, it becomes less clear over time, which contexts the guidelines apply to. A browser is now only one of many such contexts.

Google翻訳

何が「正しい答え」なのかについては、明確な区別はありません。アクセシビリティの専門家ですらこれに同意しません。リクエストを行って Web コンテンツを出力できるテクノロジーとコンテキストが拡大し続けるにつれて、ガイドラインがどのコンテキストに適用されるのかが時間の経過とともに明確になりません。ブラウザは現在、そのような多くのコンテキストの1つにすぎません。

達成基準*6というのは、アクセシビリティを確保するに当たって満たす必要のあるWCAG 2が定めた項目のことです。あるウェブページに対して、ある達成基準を満たせているのかどうかをチェックすると、達成基準自体の曖昧さも手伝って、ウェブアクセシビリティの専門家間ですら解釈がブレるという非常に厄介な事態を引き起こします。ある会社によるアクセシビリティチェックで達成基準を満たせているとされても、別の会社によるチェックでは達成基準を満たせてないという結果が返ってくる原因はここにあります。

最後となる4つ目の「他人を説得してWCAGを利用させる」について、

Demonstrating that accessibility is not only important to people with disabilities, but that it also benefits the business as a whole can be a challenge. The fact that accessibility is required by law does not necessarily influence decision makers to invest in accessibility. There are many compelling reasons for this, but ultimately, it can be difficult to calculate or predict the business and human impact within any given industry.

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アクセシビリティが障害を持つ人々にとって重要であるだけでなく、ビジネス全体にも利益をもたらすことを実証することは、困難な場合があります。アクセシビリティが法律で義務付けられているという事実は、意思決定者がアクセシビリティに投資することに必ずしも影響を与えるわけではありません。これには説得力のある理由がたくさんありますが、最終的には、特定の業界内でビジネスと人的影響を計算したり予測したりするのは難しい場合があります。

WCAG 2に取り組んでいくと、どうよいことが起きるのか、どんな利益をもたらすのか…というのをWCAG 2だけで会社のマネージャーや経営層なりを説得するのは困難です。これはWCAG 2自身が技術文書にしか過ぎないためでもありますが、そうはいっても必要な資料を見つけるのが極めて困難な状況にあるとこの調査は分析しています。

このような難しさを解決する1つの方策として、WCAG 3.0の開発が考えられているわけですが、まだ初期の策定段階です。現時点でおぼろげながら形は見えるものの、大枠が整備されているとは言いがたい状況にあります。WCAG 3.0を作成するWorking Groupは2024年にもレビューできる状態のWCAG 3.0を発行するようなことを言っていますが、個人的にはほとんど信用できないと思っています*7。また、それなりに使えるものが2020年代に出てくるのかも個人的には怪しいと思っています。なによりも、WCAG 3.0はWCAG 2と別物ですから、WCAG 2と中期的に付き合っていく必要があるわけです。


では、WCAG 2の困難さに立ち向かっていくにはどうすればよいのでしょうか。まず考えられるのは、オンライン上の無料で入手可能なリソースを当たっていくという手です。

W3CにはWAIというウェブアクセシビリティの専門の組織があって、WCAG 2やウェブアクセシビリティを説明するリソースが多数あります。英語ではあるものの、幸いなことにWCAG 2とは違って、機械翻訳で読めるような英語で書かれていて、読むのにそこまで苦労しないと思われます。

  • The WCAG 2 Documentsでは、WCAG 2自身の構造と、WCAG 2を理解する上で欠かせないWCAG 2の関連文書についての概要が説明されています。
  • Accessibility Principlesは、WCAG 2の要求事項(達成基準)がどのようなことを求めているのかの概要を掴むことができるでしょう。

英語はいやだという人は、日本語の資料もあります。

アクセシビリティに関連する書籍を当たってみるという手もあるでしょう。いくつか挙げてみたいと思います。

必要な知識を蓄えて、心の準備ができたら、WCAG 2.1 解説書を読み進めていきましょう。ただし、(日本語訳の宿命ですが)日本語訳は原文のWCAG 2.1 Understanding Docsに比べて古い日付のものをベースに翻訳しています。必要に応じて機械翻訳に頼りながら原文を読んでいくとよいでしょう。また、日本語訳は翻訳の誤りがあるかもしれません。翻訳の誤りや翻訳で疑問に思う箇所を見つけた場合は、Googleフォームでコメントをしてみてください。

とまあ、今日のところはこんな感じでおしまいです。

*1:W3C WAIのWCAG 2 Overviewがそう言っている

*2:このWCAGは、W3C Accessibility Guidelinesの略称であり、WCAG 2と別物と言える

*3:WCAG 3.0の概要はWCAG 3 Introductionに記載されている

*4:Silverは、WCAG 3.0のコードネーム

*5:Requirements for WCAG 3.0 - 1.3 Silver Task Force Researchからたどれる

*6:Success Criteriaのこと

*7:今月に更新されたAccessibility Guidelines Working Group Charterによる